日本車メーカーの今後

革新が自動車産業の技術開発力だけで起こりうるかどうかは定かでないのです。


・・・かといって、他産業とくに先端技術産業の開発力の成果を待っているだけでは、急激な変化が実際に起きたときについて行くことができないのです。


何よりも大切なことは、製品技術の革新といえどもある日突然空から降ってくるようなものではなく・・・


いろいろな基礎研究開発から設計技術、生産工程技術の緊密な連携のもとで現在日進月歩で進みつつあるエレクトロニクスや新素材、情報関連技術などの周辺領域技術をとり入れた高いレベルの工程技術の革新をつみ上げていく中からその先行きが見えてくるものです。


このような努力の産物として出てくるものだということを認識していくことでしょう。


現在は、先端技術が脚光を浴びるハイテク・ブームの時代ですが・・・


基礎技術としてのハイテクもさることながら日本の半導体やエレクトロニクス産業の競争力の強さ、中古車の多さが、工程技術を加味したカスタム・メイド的な応用分野にあるといわれていることに照らしてみても・・・


先端技術をとり入れる場合自動車メーカーが、その蓄積した工程技術のノウハウを活用しつつよりハイレベルの独自の工程技術を確立していくことが、脱成熟時代を生き抜き・・・


そして、来るべき製品技術の革新に備える道でしょう。

日本の自動車産業

日本の自動車産業は、その「挑戦」を通じ、とくに意図したわけではないにせよ・・・


世界の自動車産業に脱成熟時代の幕明けをもたらすとともに、自らも国際化時代に突入したのですが・・・


問題は今後の展望がどうなっていくかでしょう。


世界的な自動車産業の脱成熟時代はまだ幕がやっと開いた段階といってよく、未来へ向けてダイナミックな技術革新が今後も展開することは疑いないことです。


しかし、動力機構の変革を含むラジカルな製品技術の革新は依然として不確実・不透明です。


新タイプの電池や水素エンジンなどが実用化される可能性はかなり高いといわれるし、予想以上に早ゴ堕テンポでラジカルな革新が起きることは大いにありえます。


しかし、このような革新は、その実用化の時期が簡単にはタイム.スケジュールで予測できないし、その実用化に目途がついてもその商業的生産が実現するまでに多くの障害とタイム・ラグが伴うでしょう。


したがって日産 中古車などを含む自動車産業の脱成熟時代が全面的に開花するのはラジカルな製品技術革新が実現する時であり・・・


それが決して遠い将来の夢のような話ではなくなったということはいえても、このような革新がどこからどのようにして起きてくるか明言することはむずかしいのです。


グローバル・ストラテジーの時代

そのような目標が与えられれば、日本の自動車産業のような総合的結集力の強い産業で・・・


しかも個別企業の集団主義的対応力が備わっていれば、目標達成のためにそのシステムは極めて有効に機能しました。


しかしながらこれからは、目標がアプリオリに与えられるのでなく、自らの創意で現在の状況変化と長期的展望の上にたち、主体的に目標をつくり出すことによって国際化が進められる・・・


グローバル・ストラテジーの時代です。


そこでは、目標自体をたえず明確にし、それに沿った国際化を、例えば現地生産のグローバリゼーションと国際分業や産業協力、中古車検索サイトの増加、国際提携への参加といった形で有機的連携性をもって推進することが求められるでしょう。


このような新しい次元のグローバリゼーション志向の国際化は、一方で日本的経営システムの世界に通用する普遍的部分の移転をはかりつつ・・・


他方ではオリジナルな商品と技術の開発力を軸に、その足らざるところや弱点を巧みに国際提携で補い、メーカー間の合従連衡をスプリング・ボードにして達成されるはずです。


そしてこのようなグローバリゼーション時代の国際化は、成熟期のOECD諸国市場だけでなく、今後、自動車市場として拡大の可能性を秘めている途上国への技術移転・・・


そして、その結果あらわれるであろうブーメラン効果の上をいく技術開発力で、脱成熟化の方向に向けて日本の自動車産業がダイナミックな新たな挑戦を始める中で、達成されることになるでしょう。

国際商品化の時代

国際化が進行するというのは、日本の企業がただ現地化するということだけでなく・・・


競争しつつ協調するという国際的な企業提携と国際分業の可能性がいっそう広がったことを、明らかに物語っています。


日産 中古車で有名な日本が、いくらその生産技術と生産システムで世界に通用する普遍性をもった優位性を確保しているからといって、自動車でいえば設計技術からデザイン技術・・・


そしてコンポーネントの要素技術、はては近年の技術革新のいろいろなシーズに日本がすべて通じるなどということは、ただでさえ技術変化のいちじるしい今日、不可能です。


欧米のメーカーにとっても同じような事情が存在していますが、当然相互に足らざるところを補完する国際提携がいろいろな形で脚光を浴びると思われます。


日本的経営の普遍的部分を移転し、他方で欧米メーカー・・・


はたまた途上国メーカーとも国際提携の機会を求めることで、今や国際化は新しいグローバリゼーションの段階に入ったと思われます。


これまでの国際化は、ともすれば国際商品化の時代が典型的にそうであったように、欧米という追いつき追いこす目標が努力目標としてつねに与えられたもとでのそれでした。

日本的マネジメントと生産のシステム

各社それぞれ同じ現地生産でも特色のあるやり方がとられているのですが・・・


このことは、現地生産における一つの大きなテーマである労使関係の安定と、日本的経営のシステムの何らかの形での移転についても言えることです。


一般的には労使の信頼関係とコミュニケーションを改善し雇用を安定させていきながら、相対的に少ない設備と人員で高い生産性と高品質の両立をはかるために、日本のすぐれた生産技術や生産システムを移転することが求められるのですが・・・


そのやり方そのものも、現地の実情に沿っていろいろと柔軟なやり方を実験することが求められるでしょう。


決して日本でのやり方をその通り機械的にやらせるというのでなく、現地の工場管理者なり労働者が自発的に問題を発見し・・・


そして、日本の生産システムの移転可能な普遍的部分を自らの手で体得し実践するとき、初めてこの実験が大きな国際的意義をもつことになるのです。


中古車情報が多い今、このような日本的マネジメントや生産のシステムを、アメリカなり欧州なりの土壌に移転するというのは・・・


いってみれば経営システムにおける文化的障壁を超えた一種の相互乗入れという国際化の大きなテーマを実践することを意味します。


日本車メーカーの特色

トヨタがGMの遊休工場の施設を活用し、UAW組合員を雇用してトヨタ生産方式を可能な限り採用しようとしているのに対し・・・


日産、本田はUAWの影響の少ない農村地帯で、主として機械化農業の経験をもつ農民出身の労働者を自ら訓練し淘冶していく方式をとっています。


マツダ、三菱はおそらくUAW組合員を雇用するでしょう。


そして日産 中古車のテネシーと本田のオハイオを比べても工場の規模やレイアウト、自動化のやり方や生産システム、そして部品納入システムなど、それぞれ特色をもっています。


いっきょに大規模な一貫ロボット工場をつくった一点集中型の日産に比べて、本田は2輪車からスタートして徐々に4輪車に重点移行する漸進型ですが・・・


最も早く対米進出をきめたこともあって投資規模は比較的小さく、それを事業展開に合わせて段階的に積み重ねてきています。


オハイオには組立工場だけでなくエンジン工場も新設中です。


さらに今後はカナダの組立工場も建設され、両者が連携した事業展開が計られるといいます。

グローバルな戦略構築

中古車の検索や自主規制がどうなるかはともかく、摩擦が当分は続くと考えた場合・・・


そして世界の自動車産業の国際分業や国際産業協力の新しい可能性の広がりつつある今日・・・


現地生産を摩擦回避の緊急避難の次元で捉えるのでなく、より長期的でグローバルな戦略構築の次元で捉える必要性が高まっています。


そしてとくに対米現地生産の現状をみた場合、次第にそのような国際化の新しい視点が確立する方向に動きつつあることが看取されます。


対米現地生産には、トヨタ、日産、本田が、それぞれ特色のある3者3様の方式で取り組んでいます。


その海外戦略における位置づけも異なっています。


トヨタがフリーモントにおける現地生産でGMとの合弁生産方式をとるのに対し、他の2社は単独で100%子会社の手でこれを行っています。


最近ミシガン州フラットロックでの現地生産を発表したマツダの場合、フォードの遊休工場を活用した単独進出によるといいます。


また三菱自動車の場合、同じく中西部でクライスラーとの合弁で現地生産を発表しました。

貿易摩擦というプレッシャー

同じ現地生産に踏み切ったケースでも、VWの対米進出の場合のように・・・


マルク高による輸出採算の悪化という純経済的理由によるのとは対照的です。


貿易摩擦という政治的要因がらみのプレッシャーが契機となっています。


・・・したがってどうしても、そこでは摩擦の回避策という側面がつきまといます。


もっともこれは、欧米の水準に何とか追いつき国際商品力がついたと思ったとたんに、想像もつかないような摩擦が起こったのであり・・・


現地生産がその投資規模もさることながら、労働慣行や労使関係、生産システム、マネジメントのタイプ、日産 中古車といった思わぬ障害・・・


そして部品の調達システムや材料の供給のロジスティックに至るまで、まったく異質の社会で大きなリスクを覚悟しなくてはならないことからすれば、止むをえない点も大いにあるのでしょう。


したがって対米現地生産の意思決定の過程をみれば、トヨタ、本田・・・


それぞれに違った曲折をたどったのも、理由のないことではありません。


国際化の新しい展開


自動車産業の国際性がこのように強いことは、事業展開の面でも海外生産による多国籍化が欧米メーカーによって早くから行われたことにもあらわれています。


しかしながら自動車産業がいっきょに一足とびに国際化した事業展開をなしうるわけではなく・・・


欧米メーカーの先例をみても、まず国際商品としての地位をその生産する自動車について確立し、それを足がかりにして多国籍化しているのです。


ただ欧米の場合に比べて日本の場合、その国際商品としての声価を高めるまでの期間が極めて短かった上に、多国籍化へ踏み出すまでのタイム・ラグも非常に小さいという特徴があるのですが・・・


これを可能にしたものこそ、「日本の挑戦」だったといえるでしょう。


さて国際商品力を定着させることが日本の自動車産業の国際化の最初のステップだったとすると、中古車の情報の多い現在展開しつつある現地生産や合弁生産や共同生産などの動き・・・


これは、文字通りの国際化の新しい展開だということができます。


しかしこの新しい展開を見せた国際化は、日本の自動車産業の余りにも急速な国際競争力の向上。


そして、デトロイトの地盤沈下や欧州自動車産業の停滞による貿易摩擦の表面化によってもたらされたものです。


日本の自動車産業の国際化


第六点としては、これはすでに述べてきたところでもありますが、素材メーカーや部品メーカーを含めた集団的総合力の重要性を指摘したことがあげられます。


これに関連して第七点として活力ある中小企業や関連素材産業や、先端技術産業を包含するダイナミックな経済システムの存在が自動車産業の発展に不可欠であることを示したこと・・・


これもあげておかねばならないでしょう。


このような「日本の挑戦」が戦後の経過の中で歴史的につみ重ねられていくと、日本の自動車産業の国際競争力は強化され、日本車の国際商品性は高まり・・・


これによって輸出が急速に拡大しましたが、これが日本の自動車産業の国際化の始まりだったといってよいでしょう。


もともと自動車産業は国際性の強い産業です。


技術一つをとってみても、大量生産方式の生産システムにしても部品の生産システムにしても、自動車の設計技術からデザイン技術に至るまで国際的な技術の交流と移転の歴史がみられます。


また、日産 中古車など自動車に商品としての国際性があることは、全世界で生産されている約4000万台近い車のうち3台に1台以上が輸出されていることでも歴然としています。